第1話「やきにく!」
住宅街の夕暮れ時。
金木犀が香り涼しい秋風が吹き、赤い夕焼けが照らす街は心地が良い。
二人の姉妹が並んで歩いている
まわりの家屋からは夕飯の支度で食器が響く音、砂糖と醤油の香ばしい匂い、子供の楽し気な声、いたずらを注意する大人の優しい叱り声もどこかから聴こえてくる。
「ふんふっふふーん、ふんふっふふーん、やっきにっく!やっきにっく!」
スキップ混じりでハーフツインテールを揺らしている女の子の名前は、狭山(さやま)ゆいか。
年齢は17歳の高校生。
「...おねーちゃん」
くるくる巻いたおさげを左右に垂らし、ため息混じりの声で姉を呼ぶ女の子の名前は、狭山ひな。
年齢は14歳の中学生。
「ふんふっふふーん、ふんふっふふーん!」
ゆいかは妹のため息をもろともせず、陽気に鼻歌を歌っている。
「ゆいかおねーちゃん!」
先ほどよりも強い口調で姉を呼ぶひな。
と、その時姉妹の目の前に太った三毛猫が通りかかる。
「おぉ、ニャン次郎!今日もパトロールご苦労様ですぞ!」
太った三毛猫は、ゆいかの顔を見ると口大きくあけて「にゃーご」とだみだみした一鳴きをして通り過ぎて行った。
「今度、ニャン次郎のパトロールについて行ってみようかな...」
小さい声を漏らしながら歩くゆいか。
と、今まで隣を歩いていた妹が少し後ろで立ち止まりながら腰に手を当てて睨んでいることに気づいた。
「ゆいかおねーーーちゃん!!!!」
「大きい声を出してどうしたんだい?可愛い我が妹!」
大好きな妹に名前を呼ばれ、芝居がかった様子で答える。
「もー...声が大きくてうるさいのは、ゆいかおねーちゃんでしょ!恥ずかしいから静かにして。あと、毎回三毛猫さんのお名前ちがう...この前はにゃご三郎だった!」
ひなが頬をぷっくりと膨らませて姉に説教をする。
「おっとこれは失敬!でもさ、今日のお使いは一味違うよ」
お使い用の財布を取り出し、自信満々な表情で5000円札をひなに見せつける。
「なんたって今日は、5000円もお使い代を貰っているのだ!豪遊しまくり!」
そんな姉をジト目で見つめるひな。
「あのね...ゆいかおねーちゃん。今日は2000円だけお肉を買って後はももねえに返すんでしょ」
二人の姉、長女ももは22歳の社会人。
今は家で夕飯の焼肉の準備をしているおり、二人に2000円分のお肉を買ってくるようお使いを頼んだ。
「良いではないか、たまにはほら、ね?ももねえもきっと仕事で疲れてるし贅沢したほうが良いって~」
「ゆいかおねーちゃんが沢山食べたいでけでしょ!」
「誰だってお肉はたくさん食べたいだろー?」
「もーーー!」
ひなが後ろから駆け寄り、再び並んで歩きはじめる姉妹。
そんな会話を続けながら、姉妹はお肉屋さんに到着した。
「ゆいかおねーちゃん、全部使ったらももねえに怒られちゃうよ!頼まれた分のお肉買ってささっと帰ろうよー」
「まあ待て、待ちたまえ。可愛い妹。」
「もうー...また怒られるのはゆいかおねーちゃんなんだよー?」
呆れつつも、心配そうな顔で姉を見るひな。
「お嬢ちゃんたち、こんばんは!」
肉屋の女性店主が元気に声をかける。
「こんばんはー!良いお肉入ってますかー?」
「ゆいかおねーちゃん、頼まれた分だけだよ!」
「でもほら、やっぱり...」
あくまで諦めるつもりの無いゆいか。
「あらあら、これから家族会議かしら?決まったら呼んでね!」
店主がお店の奥へと入っていった。
「...。ひな、牛タンは好きだよね?この霜が入ったカルビ...タレに絡めても最高だし、ワサビと塩なんかも、ね?」
「う、うぐ...!」
不覚にもお店に並ぶ牛タンとカルビに目線がうつるひな。
艶のあるお肉を目の前に、ついついゴクリと喉を鳴らしてしまう。
急いで我に返り、ぷくぷくっと頬を膨らませるひな。
「"ね?"じゃないよー!食べたいのはゆいかおねーちゃんでしょー...」
「もちろん!私は、あの適度な歯ごたえと噛むほどに旨味がでる牛タンを食べたいし、美味しい脂をまとったカルビをタレに絡めて白いご飯と一緒に食べたいよ!ねぎ塩も作ったら最高だよ、ね?」
これでもかと、言葉でひなの食欲を刺激する。
その時
"ぐぅ〜〜〜"
ついに、空腹とゆいかからの誘惑に耐えかねたひなのお腹から可愛い悲鳴が聞こえてきた。
「あ...」
ゆいかの顔がニヤける。
「ほほう?可愛い妹よ、しっかりと姉には聞こえましたぞ。」
顔を真っ赤にしながら落胆するひな。
「もーーーー...好きにしたら...ひなは知らないよ...」
「てんちょーーー!」
まってました!と言わんばかりに店長を呼ぶゆいか。
「あいよーーー!」
お店の奥から返事をしながら店長が歩いてきた。
「5000円あるから、この牛タンとかカルビとかいい感じに包んで!」
ひなにジト目で見られながら注文を済ませる。
「あいよっ!ひなちゃんもお腹すいてるみたいだし、今日はおまけで少し多めにしとくよ!」
再び、カーーっと顔を赤くしてうつむくひな。
「あはは、店長にも会話バレてんぞーひなー!かわいいなあ」
「おねーちゃんうるさい...」
「よしよし、今日は美味しいお肉もあるしいっぱい食べようね〜食いしん坊ちゃん」
「もーーー!」
・
・
・
―――
「それでさーこの前実装された新ジョブがめっちゃ強くてさー!...ねぇ聞いてよひなー!!」
「ずっと聞いてるよー...ほら、着いたよゆいかおねーちゃん!」
屋根が赤くレンガ造りの壁。
二階建ての立派な一軒家。
玄関には、狭山(さやま)家の表札か掲げられている。
「ただいまっ!」
「ただいま...」
姉妹が玄関を開けると、長女のももが小走りで出迎えた。
「ひな、ゆいかー!おかえりなさい!ありがとね〜助かったぁ」
「えへへー、お安い御用!お使い用のお財布そこに置いておくね〜」
ひなが少し不安げな顔でゆいかを見つめている。
気づいたゆいかがウィンクをすると、ひなが小さなため息をついた。
「ん?どうしたの?」
ももが”なんだろう?”と首をかしげながら、ひなを見る。
「ゆいかおねーちゃん。今のうちに正直に言っちゃおうよ...」
「え?なになにー?」
「い、いやー...なんか、お肉がお買い得な感じだったからー...」
「せっかくだからぱーっと全部使っちゃった!」
ひなはうつむきながら謝罪した。
「ごめんなさい。ゆいかおねーちゃんを止めれなかった...」
「大丈夫だよ、ひなが謝ることじゃないよ。」
「そうだよ!落ち込むなよひな!」
落ち込むひなの肩に手を置いて笑顔で励ましてくる。
「おねーちゃんは早く謝った方がいいと思うけど...」
ひなはうつむいたまま横目で睨みつける
ももが真剣な表情でゆいかに語りかける。
「...そうね。ゆいかは少し叱られた方がいいかしらね」
「いやー、やっぱりだめ...だよね?」
「約束を守らなかったり、そのことを連絡も相談もしてくれないのは良くなかったんじゃない?」
「ごめん...」
「でもね、きっとみんなで楽しく、美味しくお肉を食べたいと思って沢山買ってきてくれたんだよね?」
「うん...ももねえ疲れてたし...。」
「ゆいか、ひな。ありがとね。誰かが傷つくとか嫌な気持ちになるとかじゃないから、これ以上怒りません!」
「ももねええええええ、愛してるぞおおおお」
「ももねえ...優しい笑顔の後ろに後光が見える...」
「みんなで楽しく、いっぱいお肉食べようね!」
・
・
――
ももが手際よく肉を大皿に並べると、焼肉の準備が完了した。
「お野菜もホットプレートも準備ができてるから、早速焼肉をはじめましょ!」
「やったー!いっぱい食うぞー!」
「おなかすいたー」
最大で6人ほどが掛けることもできる大きなテーブルには、野菜の大皿、肉の大皿、真ん中のホットプレートでは野菜と肉がじゅーじゅーと焼けている。
片側の中央にはももが一人で、向かい側にはゆいかとひなが並んで座っている。
「このカルビ、うまー!」
「ほんと、わさびとお塩をつけると美味しいねー!ひなもおいしい?」
「おいしい...!」
もものグラスには濃いめのハイボールが。
それを一気にゴクリゴクリと喉に通す。
「ぷはー!ハイボールとカルビ美味しすぎ~!」
ゆいかが感心した顔でももを見つめる。
「ももねえはほんと美味しそうにお酒飲むよねー」
「美味しいよー!二人も大人になったら一緒にのみましょうね!」
「あ、そうだ、そうそうそんでね、聞いてよももねえ!」
まずい、と察したひながゆいかを睨む。
確実に肉屋の話をされる。
小突いて止めるか、足を踏むか...抵抗を考えたひなだったが、仕方なく諦めた。
「もうさ、ほんとに面白いの。お肉選んでたらさー、カルビとか牛タン美味しそうってお話してたらね」
隣ではひなが耳まで赤らめながら恥じらいの表情を浮かべつつ、肉を頬張っている。
一人でつぼにハマりはじめるゆいか。
箸を机において、お腹を抑えながら必死で吹き出さないように経緯を説明しだす。
「ひなの...っ....ひなのお腹...っっ....ひなのお腹がさ、"ぐ〜〜〜〜〜〜!!"って...っ...くく...はははは」
コツン。
ひなの可愛いげんこつが、ゆいかの肩に当たった。
「もーーーーー!そんなに大きな音出てないし...。」
「いてて、ごめんごめん、ひなが可愛くて面白くてさついつい...。くふふっ」
優しい笑顔で話を聞いていたももは状況の想像ができたのか、ゆいかと同じく箸を机に置いた。
少し下をうつむいて、肩や頭がぴくぴくと振動している。
「あはは!ひな...っ...美味しそうなお肉見てたら、お腹空いちゃったのね...っ...うふふっ...」
もものツボにもハマってしまった。
「あーもうー...ももねえまでー...」
「ももねえも笑ってるー!今日のひなのおもしろ可愛いエピソードでしたー!」
「もうー....」
赤らんだ顔をぷっくりと膨らませて、少し怒り顔のひな。
しばらくして、ももの笑いも落ち着いていき、
その後も談笑をしながら焼肉を食べ進めた。
「ゆいか〜、ひな〜」
ももがおもむろに声をかける。
終わり際になった牛タンをもぐもぐと食べながらももの顔を見る二人。
「あのね〜、私はこうやって二人が居てくれて〜、楽しいお話を聞かせてくれて〜、苦しいくらいにいっぱい笑ってぇ〜〜」
「それがすっごく幸せだよぉおお」
ももは、うるうるとした目で語り始めた。
ゆいかは何かに気づいた様子で、もものグラスを見る。
「あれ?ももねえ...いつのまに...?」
ひなも気づいた。
「ももねえ、はやくない?何杯目?」
もものグラスが空になっている。
ももが静かに指で人差し指、中指、薬指を伸ばす...。
3杯飲んでいるということだろう。
「だからねえ〜二人のことを世界で一番愛してるよお。お姉ちゃんは二人が大好きよ〜〜」
ももの瞳から涙がこぼれ始めた。
「私も、ももねえも、ぐ~ちゃんのことも大好きだよ!」
笑顔で横顔を寄せるゆいか。
すかさず、小さな足でゆいかの足を踏むひな。
「変なあだ名つけないで!」
「いててーーーー!」
叫び声が上がった。
とある街の、とある三姉妹の日常。
これからもずっと、幸せな日常は続いていく。
さんしまい!第1話「やきにく!」完